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2011年11月5日

  • 安次冨さん
    2011年11月5日に「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」は結成されました。結成総会には安次冨さん・山城さんに来ていただきました。

2012年12月16日 (日)

あきらめない

私たちはあきらめない!!

辺野古浜通信さんが素敵な歌を紹介してくれています。

ぜひ聴いてください。

http://henoko.ti-da.net/

2012年7月29日 (日)

新しい旗ができました

今日は2代目の旗を作りました。

8月5日の宜野湾海浜公園で開かれる「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会」に持っていきます。

沖縄県の各自治体が「命と暮らしを守るために県民の心を一つに!オスプレイ配備を反対しよう!」と大会の参加を呼びかけています。

つながる会のメンバー3人も2日から高江に行っていますので、山城さんに「5日は高江から一緒に行きましょう!!」と声をかけてもらっています。

奈良から「オスプレイ配備反対!高江の森にヘリパッドいらない!辺野古の海に基地いらない!」の声を届けてきます。

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2012年5月14日 (月)

明日

サッカーや野球なら人は集まるのに、政治のあり方のことを掲げても人は集まらない。

本当はこちらの方が私たちの生活に直接関わりのあることなのにね。

でも、あきらめない。それが沖縄の人たちから学んだことです。

明日は「沖縄密約返還40周年弾劾5.15奈良県民行動」を敢行します。

どんな社会を未来の人に残していけるか、正念場だと思います。

2012年4月18日 (水)

お会いしたこともないけれど・・・

吉武輝子さんが逝かれた。少なからずショックです。

お会いしたこともないけれど・・・

吉武さんの事は、著作でしか存じ上げなかったけれど・・・

「滅私奉公」とならないように、「私」を生き抜かれた人生だった・・・

「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」が結成でき、今日活動できているのも、吉武さんのような反戦運動・反差別運動、女性解放運動を生ききったたくさんの先輩達の業績が、有形無形に私たちを育んできたから。

吉武輝子さん、私はあなたを尊敬しています。4月14日、あなたもこだわっておられた沖縄問題を奈良の町を歩く皆さんにもちゃんと知ってもらおうと、なかまと共に行動を起こしました。私たちはこれからも地道にがんばります。あなたの人生を知って本当に勇気をもらいました。力をもらいました。ありがとうございました。

ご冥福を祈ります。

2012年3月12日 (月)

高江のみなさん、お元気ですか。

「放射能被害の収まる見通しがまったく立たない原発震災からまもなく1年が経とうとしています。福島に原発を押しつけておいて知らぬ顔をしてきた私たち、沖縄に基地を押しつけて知らぬ顔をしている私たち。『沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会』はこれらを構造的な問題と捉え、奈良市民・奈良県民の皆さんと共に平和を求める沖縄県民の願いにつながりたいと思います。」

今日もこんな風に呼びかけながら、ビラを配ったり、通行人にバナーを書いてもらったり、署名をしてもらったりしていました。中には「なんで高江を知ってんの?私も高江に行きたいわ」と言ってくれる人もいました。

さて、その後のお疲れさん会で「高江住民の会」の高橋事務局長にお電話で現地の様子をお知らせ頂きました。

昨年11月の前防衛局長の発言、高江の工事強行、年末未明の環境影響評価書のだまし提出、年明けからの高江座り込み住民にたいする防衛局員の大音量攻撃などなど、思わず息をのんで話に聞き入りました。耐えるという闘いの手法ができている住民の会の闘いは、まさしく肝の据わった闘いだと感銘しすぐにでも飛んでいきたい気持ちになりました。

さらに来週14日に控えた裁判も「私たちは負けるはずがないと信じて闘っている」と。しかし「いずれにしてもこれで座り込みが終わることはない。不利な判決が出たとしても、有利な判決が出たとしても裁判では解決しない。座り込みは続けます」と、力強い言葉。

逆にこちらが力をもらいました。

「沖縄の高江・辺野古につながる奈良の会」またまたメンバーが増えてきています。

みんなで力を合わせましょう。